2010年 03月 21日
完成しましたー。
どーん。


メーカー:ホビーボス
スケール:1/72
製作期間:2ヶ月
<製作について>
大宮のタムタムの投げ売りで450円で買った物です。
最近名前をよく聞くホビーボスのキットはどうなんだろうなー、と期待を込めてフタを開けると、ブリスターにきっちりと納められたパーツ群がお目見え。
舶来品はパーツがランナーからもげてたりすることが珍しくありませんから、これだけで好印象です。
さらにモールドもしっかりと入っていて、いい感じです。
パーツ割りも胴体は左右一体成形、翼も上下一体成形という凄い物です。
制作時は特に組み辛いということもありませんでしたが、各パーツのはめ合わせがちょっとキツいかも。翼と胴体はやっぱり隙間が開きます。
今回は完全に素組です。(単に手抜きという話も・・・)
度合いで言うとパーティングラインを消してないくらい(殴)
塗装はスーパーファインシルバーで行いました。
凄い勿体ないですね(笑)
スミ入れも行ったのですが、どうも埃を被ったみたいになってしまったので、足回りを除いて全部拭き取りました。
このキット最大の難関がデカール。
発色は良くて、透けることも無いのですが、もの凄い固い。
ちょっと苦労しました。
総合的に見るとまあ良キットと言えるのではないでしょうか。
・・・・今気付いたんだけど、そういえばこいつ洗浄しないで組み始めたのです。
よくまともに塗装出来たなあ・・・・
こいつ、見る角度によっては大口開けた鯉に見えます。

にしても格好悪い飛行機だ・・・
さて、毎度お馴染みうんちくコーナー。
興味ない人は回れ右で。
<実機について>
F-84はリパブリック社がWW2と朝鮮戦争の戦間機に開発したジェット戦闘機です。
開発開始は大戦中の1944年。
当初はP-47をジェット化する方向だったのですが、競争試作を行ったノースアメリカン社のP-51ジェット化機に劣っていることが分かり、再設計が行われました。(P-51ジェット化機は後のF-86ですが、この当時はまだ直線翼のXFJ-1です)
最初の量産型であるB型が配備されたのは1947年です。
機体の形状は当時一般的だった機首に設けたエアインテイクと、直線翼を組み合わせたものです。
ここら辺はジェット黎明期であることを伺わせますね。
エンジンは当時米軍の様々な機体に使われていたGE社製のJ35ターボジェットです。
E型は4番目の量産型に当たります。
それ以前の型と比較してエンジン換装、燃料タンク拡大のために胴体を延長するなどの改造が施されています。
大戦後の大軍縮の時代だったので生産機数は843機に終わっています。F-84の主力生産型は朝鮮戦争勃発後に登場したG型で、そちらは3000 機以上が生産されました。
各社の考え方というか思想というものがやはりあるもので、ノースアメリカンのP-51ジェット化機がF-86、FJという小型で機敏な戦闘機に仕上がったのに対し、P-47を元にしたF-84は大型で鈍重ですが非常に頑丈という戦闘機でした。
F-84は朝鮮戦争が始まると戦地に赴き、最初の内は北朝鮮空軍が貧弱だったこともありそこそこの活躍をしますが、中国が義勇軍の形で介入するとソ連のMiG-15と巡り会うことになります。
MiG-15はF-86と似たような性格の戦闘機で、機動性に劣るF-84では少々役不足でした。
その結果、MiG-15の相手は急遽派遣されたF-86に任せて、F-84は地上攻撃任務に専念することになります。
地上では形勢が二転三転しましたが、上空の制空権は終止連合軍側にあり、MiG-15が出現するのも「ミグアレイ」と言われる一部空域だけでしたが、F-84の損失は200機を超え、対地攻撃任務の厳しさが伺えます。
F-84は後に後退翼を採用したF型が登場し、そちらはサンダーストリークという愛称です。
ではでは・・・・
どーん。


メーカー:ホビーボス
スケール:1/72
製作期間:2ヶ月
<製作について>
大宮のタムタムの投げ売りで450円で買った物です。
最近名前をよく聞くホビーボスのキットはどうなんだろうなー、と期待を込めてフタを開けると、ブリスターにきっちりと納められたパーツ群がお目見え。
舶来品はパーツがランナーからもげてたりすることが珍しくありませんから、これだけで好印象です。
さらにモールドもしっかりと入っていて、いい感じです。
パーツ割りも胴体は左右一体成形、翼も上下一体成形という凄い物です。
制作時は特に組み辛いということもありませんでしたが、各パーツのはめ合わせがちょっとキツいかも。翼と胴体はやっぱり隙間が開きます。
今回は完全に素組です。(単に手抜きという話も・・・)
度合いで言うとパーティングラインを消してないくらい(殴)
塗装はスーパーファインシルバーで行いました。
凄い勿体ないですね(笑)
スミ入れも行ったのですが、どうも埃を被ったみたいになってしまったので、足回りを除いて全部拭き取りました。
このキット最大の難関がデカール。
発色は良くて、透けることも無いのですが、もの凄い固い。
ちょっと苦労しました。
総合的に見るとまあ良キットと言えるのではないでしょうか。
・・・・今気付いたんだけど、そういえばこいつ洗浄しないで組み始めたのです。
よくまともに塗装出来たなあ・・・・
こいつ、見る角度によっては大口開けた鯉に見えます。

にしても格好悪い飛行機だ・・・
さて、毎度お馴染みうんちくコーナー。
興味ない人は回れ右で。
<実機について>
F-84はリパブリック社がWW2と朝鮮戦争の戦間機に開発したジェット戦闘機です。
開発開始は大戦中の1944年。
当初はP-47をジェット化する方向だったのですが、競争試作を行ったノースアメリカン社のP-51ジェット化機に劣っていることが分かり、再設計が行われました。(P-51ジェット化機は後のF-86ですが、この当時はまだ直線翼のXFJ-1です)
最初の量産型であるB型が配備されたのは1947年です。
機体の形状は当時一般的だった機首に設けたエアインテイクと、直線翼を組み合わせたものです。
ここら辺はジェット黎明期であることを伺わせますね。
エンジンは当時米軍の様々な機体に使われていたGE社製のJ35ターボジェットです。
E型は4番目の量産型に当たります。
それ以前の型と比較してエンジン換装、燃料タンク拡大のために胴体を延長するなどの改造が施されています。
大戦後の大軍縮の時代だったので生産機数は843機に終わっています。F-84の主力生産型は朝鮮戦争勃発後に登場したG型で、そちらは3000 機以上が生産されました。
各社の考え方というか思想というものがやはりあるもので、ノースアメリカンのP-51ジェット化機がF-86、FJという小型で機敏な戦闘機に仕上がったのに対し、P-47を元にしたF-84は大型で鈍重ですが非常に頑丈という戦闘機でした。
F-84は朝鮮戦争が始まると戦地に赴き、最初の内は北朝鮮空軍が貧弱だったこともありそこそこの活躍をしますが、中国が義勇軍の形で介入するとソ連のMiG-15と巡り会うことになります。
MiG-15はF-86と似たような性格の戦闘機で、機動性に劣るF-84では少々役不足でした。
その結果、MiG-15の相手は急遽派遣されたF-86に任せて、F-84は地上攻撃任務に専念することになります。
地上では形勢が二転三転しましたが、上空の制空権は終止連合軍側にあり、MiG-15が出現するのも「ミグアレイ」と言われる一部空域だけでしたが、F-84の損失は200機を超え、対地攻撃任務の厳しさが伺えます。
F-84は後に後退翼を採用したF型が登場し、そちらはサンダーストリークという愛称です。
ではでは・・・・








